この読み物は「ひい」こと「ひかり」が我が家にやってくる直前から書き始めています。最新の「ひい」の様子はINDEXの最後尾のページに掲載されています。
ぜひ時間の流れにそって、ひいとの暮らしを読んでください。

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【みんな友達】
里親探しの預かり記録─ひいを救い出してくださったAさんのブログ。

作家の犬
平凡社CORONA BOOKS
発売中

(C)2008 Katou Bun (加藤文)/ 無断転載を禁じます。リンクはご自由に。

2008年4月16日 イントロダクション
 千葉の保健所で殺処分されようとしていた四匹の仔犬がAさんに救われ、「ひい、ふう、みい、よう」と名付けられた。「ひい、ふう、みい、よう」はミルクを与えられ、小便や糞の始末もしてもらい大切に育てられ成長する。しかし、「ひい」は下痢気味で、しかも黴で尻尾の毛が抜ける病気をし、他の三匹より散歩を始めるのも遅れ、「ふう、みい、よう」が里親にもらわれて行ったあともAさん宅に残った。救われてから半年が過ぎた頃、インターネットの里親探しサイトでぽつんと残った「ひい」を妻が見付けた。そして何を気に入ったのか、Aさんとコンタクトを取る。雌の「ひい」は七か月目を目前にして避妊手術を受けた。中型犬として、早い仔なら初めての発情期を迎える直前である。仔犬として里親のもとへ旅立つには、これが最後のチャンスだったのだ。
 私は過去に純血の柴犬太郎、雑種のダーリンを飼い、大の犬好き。しかし、「ひい」を迎えるには心配があった。犬は人の子供とは明らかに違うが、ともに生きるものとして私たち夫婦の暮らしを変える。そのことに臆病になっていたのだ。犬と暮らしたい、しかしこれまでの生活が変わるのは不安。私は複雑な心境だったが、妻とAさんの連絡は続いた。そしてある四月の日曜日、私たちはAさんのお宅へ伺った。「ひい」は盛んに吠えたが、いつの間にか私に興味を抱いたようで、顔、顎、首筋、耳、耳の裏、耳の中まで舐める、舐める。耳たぶをあま噛みする。これが狼時代から続く犬が親愛の情と服従を表現する手段だと知っていたからされるがままにしていた。ところが別れ際近く、「ひい」は私と目を合わせても耳をやや伏せ気味にし、Aさんにやたらと甘えるのだった。たぶん、やがて我々に連れて行かれるということを薄々察知したのだ。「ひい」も変化の兆しに戸惑っている。
 帰宅し、私と妻はほんとうに「ひい」を我が家の一員にするか話し合った。妻は犬を飼ったことがないので、私とはまた別の不安があるのだった。Aさんには数日中に意思表示をすると答えてきた。二日後、犬の犬としての生きかたを受け入れようと決めた。「ひい」の名前を「ひかり」として、迷子札も注文した。餌の皿、その他もろもろの買い物もした。私の自室の仕事部屋を片付け「ひかり」の寝場所をつくれるようにすると、そのぽっかり空いた床がこれからくる仔犬の存在感を放ち始めた。期待と、喜びと、未知なる変化への不安が交差する。その夜はよく眠れなかった。
 ひかり、呼び名はひい。顔つきから見て、シェパードの血を引く雑種の女の子ではないか。少女へ足を一歩踏み入れた彼女は、我が家に馴染めるだろうか。私たちだけでなく、ひいの暮らしも変わるのだ。犬は群れで生きる動物であり、それは人間にとっての家族を意味する。夫婦と犬ではなく、私たち家族にあたらしい命と感情が交わるのだ。まだひいがやってくる日は決まっていないが、数週間後には新しい生活が始まる。


2008年4月17日 パパさん
 ひいがくる日までに、彼女を迎えるための買い物をする日々である。迷子札はアルマイト処理したアルミに連絡先である我が家の電話番号を彫り込んでもらう注文をしたし、犬の食器、引き綱、ハーネス、おもちゃなどを買った。最後の大物は、不意に玄関のドアから飛び出したりしないように上がりかまちに置く柵だ。準備だけでてんやわんや。あれがよい、もっとこっちがよい、いや駄目だと店頭で繰り返す。こういった準備は、まるで我が子が生まれてくる日を目前にした両親のごとしである。そうこうしているうちに、妻がわたしのことを「パパさん」と呼ぶようになった。今までは別の呼び名があったから、ひいのパパという意味だろう。
 犬馬鹿にならないと宣言したところで、実態はひいの親となるわけで、そういう意味ではパパさんに違いない。この一点からも既に私たちの生活は変わり始めているのだった。かつて私が犬を飼っていたのは実家にいるときで、父が家長であり犬のリーダー。私は順位何番目かの相棒といったところだったろう。このとき犬との付き合いかたを学んで行ったのだが、あくまで相手とは相棒であってパパ役ではなかった。しかも飼ってきた犬は二匹とも雄で、ひいは雌だから性格がかなり違うだろうと思われる。いきなり女の子、しかも少女になろうとしている子のパパ、というのは想像しにくい。とはいっても、哺乳類同士の本能に任せつつ、犬と心を通わして、親としてリーダーとして振る舞わねばならない。
 犬を飼ってきて学んだことは、まさにこの点である。犬には犬の習性やボディーランゲージがあり、これを理解した上で犬語で愛し、怒り、褒め、くつろぎの空気を醸し出さなければならない。だが、まっすぐ向き合って心から語り合うのは群れを成す哺乳類に共通したものだと思っているし、実際そうしないと意思の疎通ができない。ひいが我が家にやってきたら、彼女が緊張を解くまで待って、じっくり話し合ってみたいと考えている。ここから人と犬の関係が始まる。犬パパになる。そして、ひいは我が家で名付けられたひかりという名の犬になる。
 さて今日、ペットショップへ行ってきたが、ガラスの向こうの犬が大人には反応せず、子供をじっと見つめ、そばに寄ってくると目を輝かせ身をくねらせた。仔犬は子供がほんとうに好きなのだ。ひいにも、そんな遊び相手がいるとよいのだが、私たち夫婦には子供がいない。


2008年4月18日 悪い癖
 完璧な犬はいない。それは完璧な人がいないのと同じことだ。
 ひいには吠え癖がある。散歩のとき、人や犬と出会うと吠え立てるのだ。この話をAさんから聞いていたので、Aさん宅を訪ねたとき、ひいの散歩の様子を見せてもらった。やはり吠えた。なぜか自動車や自転車に乗った人には吠えないのだけれど。私の家の近所の公園と緑地を結ぶ遊歩道は犬の散歩にぴったりで、時間帯によっては犬銀座の様相を呈する。つまり、ひいは吠え続けながら散歩しなくてはならないのだ。これはたいへん不幸なことだ。Aさんに、「ひいを飼う」と即答できなかった理由のひとつがこれである。
 散歩は犬にとって人生(犬生?)最大の喜びではないかと思う。と、同時に最重要事項だ。かつて飼っていたダーリンは、家から一キロちょっと離れたところにある小山に行くのが最上の散歩コースだった。家と山との往復で二キロ、さらに山登りをするのだから、距離の長さだけでなく、様々な出来事と出会い、様々な犬としての情報を仕入れることができたはずだ。吠えながらでは、こういった散歩はできない。
 散歩の途中で吠えているひいの様子は、怯えてしっぽを巻くわけでなく、背中の毛を逆立て怒り狂っているわけでなく、「何かいるぞ! 警戒しろ!」とシグナルを出しているように見える。あるいはもっと単純に、吠えることそのものが習慣化しているのではないかと感じた。いずれにしろ、ひいのためにも私のためにも我が家へきたら吠え癖は直さなければならないが、生半なことではないことはわかっている。
 しかしどんな犬にだって一癖、二癖あるもので、よくよく調教された盲導犬のような賢い犬はそうそういない。この癖が巻き起こすものごとを含めて、犬との暮らしではないかと考えることにした。私だって言葉や行いで人を落胆させたり、傷つけたりしてきた。性格もいびつだ。怠け者だ。自分勝手だ。こうして一度離婚しているわけだが、また結婚し妻と暮らしている。妻はきっと私の嫌なところを散々見せつけられうんざりしていることだろうが、なんとか生活が持続している。妻は(いつか腹に据えかねるときがくるかもしれないが)私を赦してくれていて、その上で楽しさを見付けているのだと思う。ひいを完璧でないからといって端から拒絶することは、私自身の今の暮らしを否定するようなものだ。妻が私を赦しながら、無意識に私を教育しているように、私はひいの存在を赦し、彼女を幸せな方向へ育てて行くべきなのだ。
 なんだか偉そうに書いたが、ひいを育み導きながら、私はひいにいろいろと教えられるのだろう。ひいは私の鏡になるのだ。

(Aさん撮影による、保護されたばかりのひい)


2008年4月19日 禁煙
 ひいのケージを注文し、この配達予定日が決まる。4月25日あたりになりそうだ。ケージが届けば、迎え入れ態勢が整う。これで、ひいが我が家にやってくるのはAさんの都合もあるが4月後半の飛び石連休近辺からゴールデンウィーク中となった。あと一週間ちょっとだが、とても長く感じる。はたしてひいは、我が家の子ひかりにすんなりなってくれるだろうか。今はこのことだけが心配である。きっと初日のAさんとの別れ際は、吠えてAさんに追いすがろうとするだろう。そして、意気消沈し数日間を過ごすのではなかろうか。
 私はひいがやってきたら、禁煙しようとひそかに誓っている。ひいがいれば気が紛れて本数が減ると思うのだが、それをよい機会に禁煙まで持って行こうとしているのだ。現実的な話として、これから彼女に何かとお金が掛かるわけで、たかがタバコ代といっても馬鹿にはならない。日常の出費とは関係ないかもしれないが、ひいの写真を残しておきたいので思い切ってデジタル一眼レフカメラも買うつもりだ。ライカまで持っていていまさらカメラかという気もするけれど、日常の記録はデジタル、ちょっとあらたまってフィルムそれもライカにしたい。まだひいがやってこないうちから犬の一生の時間を考えるのはどうかとも思うが、彼女は長くて十数年しか生きられないのだ。これが私にとって最後の犬になるかもしれない。妻はAさんに頼んで、ひいが乳飲み子だったときからの写真をもらっておこうとさえ言っている。
しばらく鬱々とすることが多く写真から遠ざかっていたのだけれど、ひいが我が家にくるとなってから気分が変わった。もしこんなことでもなかったら、私はデジタル一眼レフなんて買おうと考えなかっただろう。
 タバコには正直なところ、うんざりしていたりする。惰性である。部屋を煙だらけにするのが嫌でベランダで紫煙をくゆらすのが習慣になっているけれど、こういうのもどうかと思うし。


2008年4月20日 休日
 週末にひいの迷子札が届いた。表面にひかりと新しい名前、裏面にカトウと我が家の苗字と電話番号が記されている。この札が必要になるようなことがないように、と祈る。
 迷子札だけでなく、あれこれとひいのための買い物をし続けた一週間だった。ひいばかりに買い物をするのがなんだか悔しくなって、成城石井でブリーとブルーチーズを買う。もちろん私たち夫婦の好物。そしてスーパーで豚ばら肉のブロックを買い込み、これでひさしぶりにベーコンをつくる。ベーコンをつくるには、一週間塩とスパイスに肉を漬け込み、その後塩抜きをし、さらに脱水のため一昼夜、そして燻煙をする。漬け込み、塩抜き、脱水、燻煙は始終付ききりになる必要はないのだが、気分に余裕のないときは手を着ける気になれない仕事だ。ひいが家にやってきたら、たぶん何かと気を揉んだり、忙しかったりして、しばらくベーコンづくりどころではないだろうから、自家製ベーコンが冷蔵庫からなくなったこともあり、用意を始めたのだ。今回はスーパーの肉売り場で思い付いたことなので、皮付きの肉やベーコンむきのブロックが揃わず、いつもより少ない1.5kgである。これでもしばらくは市販の燻煙していない調味液に浸けてつくられたベーコンを食べずに済む。手づくりや無添加・自然食にこだわりがあるわけではないが、ベーコンを自らつくり、それを食べるのが我が家の習慣とリズムになっている。
次回のベーコンづくりはきっと夏の暑さを感じる季節になると思うが、その頃にはひいのいる生活が日常となり、平常心でベーコンをつくれるのではないだろうか。
 これはかなり重要なことだと思う。ひいのために暮らして行くのではなく、ひいと生きて行くのだ。私たち夫婦の生活は変化しても、変わってはならない部分がある。今の生活は、妻とときにぶつかりながら獲得した得難いものだ。どうしたら私たちなりの自然体の生活に、ひいが加わることができるか考えないとならなくなるだろう。考えてどうなるものでもなく、妻とともに時間を掛け今の習慣とリズムをかたちづくって行ったように、ときに迷い、衝突することもありながらひいと暮らすことになるのかもしれない。
 ひいよ、いつまでも特別扱いはしないぞ。なぜなら、おまえは家族の一員になるのだから。

Aさんがひいを検査するため病院へ行った。
 体重 6.35kg
 体温 39.1℃
 検便 異常なし
 フィラリア検査 マイナス
 触診 問題なし

病院でひいは、取り立てて吠えたりすることなく診察を終えたという。


2008年4月22日 決まらない
 ひいが玄関から外へ飛び出さないように、柵のようなものを用意しなければならない。いったいどうしたらよいのか考えたり、使えるものはないかと探したりしているが、まったく成果があがらない。世の中、犬用フェンス、犬用間仕切りで悩む人が多いらしく様々な商品がある。しかし我が家はドアの外に門扉がないので、ドア周り、あるいは玄関の上がりかまちでガードしなくてはならないのだが、開口部の広さ、壁の角度など既製品では応用が利かないのだ。ということで何か流用できるものはないかとDIYの店に行ってはみたものの収穫なし。私と妻は犬の柵について話し合うのも嫌になって、それぞれに何か思い付いても口にするだけで苛立ちが募るので柵およびフェンスは禁句になった。まいった。
 困ってばかりいてもしかたないので今後も方策を探るが、気分転換に庭の草抜きをした。室内だけでなく、庭もひいが活動する場所になるから、今のうちにすこしでも整えておかないと夏場は雑草で手が着けられなくなる。
 昔の犬は外飼いが当たり前で、家の中には絶対上げなかった。庭に杭を打って引き綱もしくは鎖で犬を繋ぎ、犬小屋を用意した。私がかつて飼っていた太郎は、まさにこの飼いかただった。ところが時代は変わり、偏愛するあまり室内で飼うというよりも、フィラリア蚊に刺されたり他の健康面の問題があるので外飼いは推奨されなくなった。ひいを引き取る際の条件も、室内飼いが前提である。変わったと言えば、餌もそうだ。以前は、飯に味噌汁をかけ、煮干しでもトッピングしたものが定番だったが、ドッグフードに取って代わられた。これにも理由はあり、塩分過多、栄養のバランス無視のぶっかけ飯は否定されたのだ。ではドッグフードを買おうとなっても、どの銘柄にするかまた決まらない。怪しげなものは除外するとしても、あまりも銘柄が多すぎ、それぞれにもっともらしい効果をうたっている。さらに、ドッグフードを変えるとてきめんに体調を崩す犬がかなりの割合でいるとか。たかが犬の餌どころか、人間よりも食を取り巻く状況は複雑なのではないかと思わされる。私なんて懐具合にあったものを毎日のおかずで食べ、気が向くとファストフードも口にしているというのに。まだまだ時代とともに様変わりしたものごとがある。犬に洋服を着せることに嫌味な感じがしていたけれど、これにも理由があって抜け毛で部屋を汚さないためでもあったのだ。まあ、人間のおしゃれを押しつけている場合もあるだろうけれど。また、雌が去勢するのは単に避妊が目的ではなく、雌が発するフェロモンで牡犬を不要に興奮させないためでもあるという。
 家の外で暮らし、ぶっかけ飯を食い、服なんて着ないで裸で暮らし、恋に身もだえし、たとえ寿命が短くても適当に飼われていた犬に郷愁を感じるなんて言ったら、ひいを殺処分から救い育ててきたAさんに白い目で見られてしまうだろう。それに現代では通用しない飼いかたなのだ。
 以前、昭和の子供たちをテーマにした写真展を観たのだが、捨て犬、野良犬、飼っていたとしても管理されていない犬を愛おしそうに抱き、一緒に遊んでいる子供の多いこと。子供たち、犬ともに幸せそうだった。けっして現代の飼い主と犬が不幸とは思わないし、過去へ戻れというつもりは毛頭ないが、幸福のかたちは一つではないことだけは確かだろう。もしかしたら現代の飼い犬との関係が否定される時代がこないとも限らないのである。しかし、私は現代流の飼いかたでひいを迎える。これだけは決まっている。飛躍し過ぎかもしれないが、近頃の親が子供をよりよい将来を歩ませようと夜遅くまで塾へ通わさなくてはならない心境となり、小さなうちから英才教育や習いごとをさせる気持ちが、やっとすこしだけわかった気がする。

【追記】犬の柵、フェンスについて。なかなかよい製品を見付けた。
詳細は「2008.5.1〜」のページ、5月22日の項へ。


2008年4月24日 いつまで
 中華街や伊勢佐木町にほど近い街から、いま暮らしている横浜北部の住宅街に越して既に十余年が過ぎた。家の前の坂道を、サラリーマン時代は会社と自宅の行き来に使い、今でも公園へスーパーマーケットへ駅へとほとんど毎日歩いている。見慣れた風景ではあるけれど、この十余年でご近所の小学生の娘さんは社会人に、隣家の旦那さんは脚を病んで坂がつらいというので一家で別の街に越して行くなど、小さなようで実は大きな変化があった。かく言う私も、この街に越してきたときには考えもしなかった暮らしを送っている。
 もうすこししたらひいがやってくるけれど、これからは家の前の坂が散歩道になる。いつまでひいと、この坂を歩けるだろうか。

ひいが我が家にやってくる日が、4月26日に決まる。日程が急遽決まり、慌ただしく餌の買い出しなどに奔走する。そして禁煙の約束を果たすため、本日から節煙生活に入る。
(Aさんからの連絡とともに送られてきたひいの写真。Aさん宅での暮らしも明日かぎりとなる。それにしても彼女の写真はいつも困り顔をしている)


2008年4月24日 (夜)
 ひいが我が家にやってくる日が決まり、軽い興奮が夜になっても続いている。妻はまるで(人間の)客人を迎えるかのように夕食後も部屋の片付けに精を出し、私も掃除をしている。しかし、まだ注文したケージが届いておらず、場合によってはひいはゴールデンウィーク明けの5月9日にならないとこないかもしれないのだ。じれったいから、予定通りにことが運んでもらいたいと思う。
 しかし私は当初、ひいを迎えることには不安があり、そのことについては4月16日の記録に書いた。だけど今は不安を感じるよりも、期待というには漠然とした気持ちに浮かれている。この変化は何だろう、と思うのだけど考えてもよくわからない。そもそも、なぜ選んだ犬がひいだったのだろう。
 ペットショップに並ぶ仔犬に違和感を感じるのは、妻も私同様だったようだ。神経質すぎる感覚かもしれないが、ペットショップの仔犬につけられた値段は、命の値段だという気がしてならなかった。血統書付きの仔犬が十五万円というのは命の値段として高いのか安いのか、考えるだけでうんざりさせられる。ひいは生まれたばかりのとき捨てられ、保健所の施設に収容され、殺処分されるはずだったのをAさんが貰い受けた仔だ。Aさんと私たちの間には、予防注射代とか去勢手術代などの実費以外金銭の授受はない。何も殺されそうになった仔犬を救うなどという高邁な意志があったわけではなく、むしろ私と妻はペットショップの現実から目を背けようとしただけかもしれない。
 ではなぜひいだったのか。たぶん妻は直感で選んだのだと思う。Aさんの人となり、それからなかなか貰い手が決まらないひいという存在に対して何かを感じたのだ。インターネットの里親探しサイトの簡単な紹介記事からは、これ以上のことはわかりようがない。でもひいは、雑種であることは別に構わないが、シェパードに似ているけれどシェパードでなく顔も美形とは言い難い。眉間に皺を寄せ、困ったような表情をしている。もっと美しい犬が里親を求めていることは、私も知っていた。事実、可愛い犬はすぐ貰い手が見つかる。それでも、ひいでいいかなと思ったのは縁だったとしか言いようがない。こう書くと消極的すぎる理由に聞こえるかもしれないが、ペットショップの売り場のガラス越しに犬種名を頼りに仔犬を選ぶよりも、自然な犬との出会いのような気がする。人間の男と女も、偶然出会い、それから必然を感じ恋に落ちるではないか。
 ただし人間の恋と違うのは、男と女は別れることができるが、人と犬は別れられない点だ。犬と別れると言えば聞こえがよいが、それは捨てることにほかならない。犬は人に依存しなければ、まっとうに生きては行けない。


2008年4月25日 ひいがひかりになる日
 明日、ひいが我が家にやってくることになった。落ち着いて考えてみると、Aさん宅でひいと会ってからたかだか二週間ほどなのだが、随分長かった気がする。

ひいのタオル、ひいのおもちゃを用意して待っている。


2008年4月26日 雨の散歩道
 正午過ぎから降り出した雨の中、ひいはやってきた。ひいを連れてきたAさんは事務的な手続きをすると、そっと我が家を去って行った。私と妻はひいが悲しみ泣き叫ぶかと思っていたが、これといって反応を示さなかった。ただし、落ち着きなく歩き回り、私と妻にじゃれたかと思うと、時折喉の奥からすすり泣くような声を出す。犬にとって階段は鬼門であることを室内で飼っていたダーリンを見て知っていたが、ひいも怖がって階下(我が家は二階が玄関と居間)へ行こうとしない。二人揃って一階に姿を消したら、ソファーの上でお漏らしをした。このときから、妻か私がひいのそばにいてやることにした。お座り、待てもできる。餌をやるときは待ての指示が強すぎたのか、食欲旺盛の態度を見せるが、皿になかなか近付かない。この仔はちゃんと指示を守れるのだ。夕刻ひいが何か尋常ではない様子を見せたので、トイレタイムかと思い、なおいっそう雨は強くなったが散歩に連れ出す。はじめての散歩をうまくできるだろうかと心配していたが、たしかに人や犬に吠えそうになるけれど「静かに!」、「黙れ!」と声を低くして声を掛けると我慢をする。散歩のときの吠え癖に苦労させられるかと思っていたが、これならなんとかなりそうだ。あとは指導しだいのようだ。
 犬を飼ったことのない妻はおっかなびっくりひいに接していたが、すぐに「駄目よ!」と叱れるようになり、「いい仔」と自然に褒めている。ひいは妻を甘えてよい人、私を怖いけどこの家の親分と見ているようだ。
 今、午後九時前。ひいはソファーに自分の居場所を決めうたた寝をしている。うたた寝をする姿に、もしかしたら緊張に身を強ばらせて一日が終わるのではないかと心配していた私は胸をなで下ろした。いろいろあってひいも疲れただろうが、私も疲れた。でもなんとかなりそうだ。ひいとの暮らしは明日へ続く。


2008年4月27日 はじめてのこと
 ひいを見ていると、自分が子供だったときを思い出す。
 ひいは階段を下りて寝室へ行けない。やっとのことで怖々と階下を覗くだけだ。したがって、私たちの寝室に接した部屋のケージで眠ることができないのだった。しかたなく昨夜は居間で寝かせることにしたのだが、部屋の灯りを消して私と妻が立ち去ろうとすると、不安げな目でこちらをずっと見ていた。今までAさん宅では、仲間の犬と猫がいて一匹だけで夜を過ごすことがなかったので、大丈夫だろうかと不安でならなかった。だからだろう私は午前三時に目がさめてしまい、ひいの様子を居間に覗きに行かずにはいられなかった。居間の電気を点けると、ひいは自分で寝床ときめたソファーの上でお座りをして私を見つめていた。その一瞬あとソファーを飛び降り、尾を大きく振り駆け寄ってきた。床に着地したとき、ひいはお漏らしをした。私が不安だった以上に、ひいは心細かったのだろう。お漏らしをしたひいは、夜になると闇が怖ろしく時間が経つのがやけに遅く感じられた子供のときの私そのものだ。床の小便を雑巾で拭い、「あと数時間の辛抱だ。夜が明けたら飲み水を換え、餌をやり、散歩に連れて行ってやるぞ」と私はひいを強く抱きしめてやった。
 午前七時。目覚まし時計が鳴る前に居間へ行くと、ひいはまたソファーの寝床でお座りをしていた。
「よく頑張った。これから一日いっしょだからな」
 餌をやり、しきりに甘えるひいの好きなようにさせた。
 昨日の夜の散歩は第一日目であり雨も降っていたことから簡単に済ませたが、今朝は遊歩道の向こうの芝生が拡がる公園まで行くことにした。道々、歩いたことのない場所に興味津々だ。公園では芝生の上を走り、富士山を象った小高い人工の丘のてっぺんまで上った。自転車に乗りどこまでも行き、空き地を見付け探検した遠い日のことを思い出した。
 ひいはまだ生まれて六ヶ月。これから知らないたくさんのことを経験する。しばらくは闇の怖さを味わい孤独をやり過ごす術を覚えて行くに違いないだろうし、風景が輝いて見える日の連続だろう。散歩のときモデルみたいなスマートな歩きかたをしなくてもよいから、路傍の花の匂いをこころゆくまで嗅ぎ、高い空をぼんやり見つめ、肉球に芝の潤いを存分に味わえ、と思う。

本日の朝の散歩では、通りがかる人や犬に無駄吠えをしていたが、夜の散歩ではまったく無駄吠えをしなかった。まぐれなのかもしれないが、何かがひいの中で変わりつつあるのは事実だろう。


2008年4月28日 いつもの暮らし
 妻が買い物へ行き、花を買ってきた。いつもなら買い物は私と出かけるのだが、ひいを一匹にして外出することが躊躇われるので、私が家に残ったのだ。このとき恐がりのひいはまだ居間と食卓のある間続きの部屋から出られない状態で、私は一人で階下にある自室で本を読んでいた。上の階の居間のあたりで物音がした。ひいが何かしでかしているな、と思ったがほうっておいた。なぜなら、いつまでも留守番ができないようでは困る。すこしづつ一匹で過ごす時間を長くして慣らして行こうと考えたのだ。やがて物音は止んだ。で、居間がどうなっていたかというと、Aさんがわざわざ持ってきてくれた犬用クッションをソファーから床に放りだし、食卓テーブルの椅子からもクッションを落としていた。一匹になり寂しくなってどうしたらよいかわからなくなり、むちゃくちゃな行動を取ったようだ。そして諦めたのか、その後眠ったみたいだ。
 分離不安というものがあるらしい。犬に限らず人間の子供でも一人きりにされたら不安になるのと同じだろう。ひいが我が家に慣れていないだろうからと、私と妻が寝る時以外はずっといっしょだったから、ひいは一匹になって混乱したに違いない。しかし、ひいが我が家に慣れていないという理由だけでなく、私たちはひいに構いすぎていたのかもしれない。甘えてくれば、肌を接し、撫でてやった。いつの間にか、ひい中心とは言わないが、ひいに比重が大きく傾いた暮らしになっていたのだ。夫婦の会話も、ひいのことばかりになっていたし。
 ひいがきてからというもの、朝は目覚まし時計が鳴る前の七時頃に目覚め、餌やり、散歩をする。夜も同様に規則正しくひいのペースに合わせている。完全なる朝型。家が仕事場の自由業の身としては、規則正しい生活になるのは歓迎すべきことなのかもしれないが、何か慌ただしい気がする。
 慣れなければならないのはひいだけでなく、私たちもなのだった。ひいを無視すること、ひいとは無関係な暮らしがどんな様相なのか想像できないけれど、そういうものごとを日常にしなければないらない。夫婦だって、いつも互いを意識し合って生きているいる訳ではないように。
 本日、ひいは階段を下りることを覚え、私の部屋つまりひいに用意した寝室に出入りできるようになった。だけど、私がほんの一時間ほど外出したときは、妻がひいのそばにいたというのにひーひーと悲しそうな声を上げ続けていたそうだ。ひいも一進一退、私たちも一進一退で、新しい暮らしかたを身につけて行く。夫婦で買い物に出掛け、いっしょに花を選び、ひいが賢く留守番している家に帰れるようになりたいものだ。


2008年4月30日 かならず帰ってくるから
 ひいが二階と一階を思うがままに行ったりきたりできるようになった。私が居間から姿を消すと「二階にきてよ」と呼びにくる。無視していると、階段を上ったり下りたりして存在をアピールし、階段の下り口から階下を覗き込んだりする。また昨夜は寝ようと居間の電気を消すやソファーから起きあがり、私と妻の一階の寝室へ後をついてきた。そして、はじめて一階で夜を過ごしたのだった。これらの行動を見ていると、ひいは片時も一匹になりたくないことがはっきりわかる。あまったれなのだ。
 あまったれと言えば、ひいはいまだに赤ん坊の気分が抜けていないらしく、人の膝の上に乗ること、抱きかかえられることを好む。六ヶ月の中型犬の仔犬しては小柄なひいだが、もしこれ以上成長したら膝に乗せることも抱きかかえることもつらくなる。それなのにだ、おかしな癖がついてしまった。散歩に出掛けようとするとき、我が家の敷地と道が接しているところでテコでも動かなくなるのだ。何かに怯えている様子である。そこで抱きかかえて道に出るとちょっとうっとりした表情をし、下ろすとスタコラと歩き出すのだ。たぶんよほどのことをしない限り、この抱かないと散歩に出ないという癖は抜けないだろうと思われる。散歩の道々では吠え癖が治ってきたというのに、困ったものだ。
 チワワのような小型犬なら、いついかなるときでも抱いていて、場合によったらトートバッグに入れて遠出もできる。しかし、ひいには無理だ。そこでひいを一匹の状態に慣らす訓練をはじめることにした。我が家から数分の場所に、農家が営んでいる野菜の無人販売所がある。百円で一品買えるというのは手頃だし、品は新鮮で、ちょっと珍しい野菜も登場することがあり、立ち寄るのが私と妻の楽しみになっている。買い物をする時間を含め往復十分程度で、今のひいを残して外出するには適当な場所だ。ひいを刺激しないようにして二人で家を出た。帰ってきたら、ひいは玄関の上がりかまちにある脱走防止ガードのところにいて、私たちが部屋に上がると立ち上がって喜んだ。あまりの興奮のしようで、半袖を着ていた私の腕は爪で引っかかれミミズ腫れ、暴れ回るものだから容器を蹴って飲み水をこぼすありさま。落ち着くまで五分以上掛かっただろうか。「かならず帰ってくるんだから、怖がらなくていいんだよ」と私はひいを抱いてなだめた。
 しかし考えてみたら、「かならず帰ってくる」という約束は、とても重いものなのだった。もちろん外出したら帰ってくることが前提だけれど、事故に見舞われ私は死ぬかもしれない。私と妻が同時にあの世へ行くかもしれないのだ。そのとき留守番をしているひいはどうなる。


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